情というものは、まったくの私見だけれども、与えられ、蓄積し、それをまた、人に伝えていくものだと思います。
自らの中で、発生させれる種類のものではないような気がしてなりません。
たくさんの愛情・情愛・情けを受けた人が、その内にある情を、人に分け与えてあげてください。自分の中に取り込むだけではいけません。
情けは人のためならずというと、自分に戻ってくるように思いますが、人に情けをかけても、直接自分にかえってこないのかもしれません。でも、その、情けを受けた人が、また、別の人に情けをかけ、まわりまわって、自分のところへかえってくるように思います。
いま、私が医師として働き続けれることには、親が、親類が、兄弟が、先生が、そして、同僚が、先輩が、後輩が、上司が、もう、ありとあらゆる人の情けと愛情に支えられきたのです。まだまだ、女性が、家庭をもち、子供をもち、そのうえでのしっかりとしたキャリア形成がむつかしい中にあって、<信じられない>というほどの恵まれた環境で、ここまてやってこれました。
それは、運だけではない。もちろん、自分の努力もあります。でも、やっぱり、これだけ支えてくれる人たちを自分の周りに与えてもらえたのは、運も大きい。
今の自分のできる社会貢献は、情けをかけるとは、は、自分の中の大きな仕事であり、人生をかけたテーマです。
ふと、夫と子供がでてこないことに、自分で笑いました。ここまでは、奪われるばかりでした。やっと、ここから、<回収>できるといいな・・・・ですね。