昨日、たまたま、仕事終わりに、外にでると、泣いているこどもさんと、お母さんに出くわしました。
丁度、お昼時。
しんどいのか、小児科が嫌いなのか、おなかがすいたのか、いわゆる<ぎゃん泣き>です。
ママは、なんとか、落ち着いて、自転車に乗ってほしいのに、暴れるので、乗せることもできないしも、ママも本当に困ってしまっていて、でも、まわりの人は、遠巻きでみていくだけ。
あー、このつらい状況、子育てをしたママなら、だれしも、胸が、<きゅぅー・・・>となるはず。
<椅子、だしてあげるから、一度、エントランスにもどって、ゆっくりすごしたらどう?>と、お声をかけました。おそらく、いまの時期、クリニック内に入るのはいやでしょうから。
まずは、ママとおこさまに、エントランスで、ゆっくりできる場所の提供。
で、ちょうど、クリニックの冷蔵庫に、ペットボトルのジュースがあったので、お子様がだめなら、ママにでも一息ついてほしくてだしたところ、お子様が、手が延ばしてくれました。あ、少しご機嫌なおった?
そのあとは、<帰れる時になったら、なにも言わなくていいから、さっと、帰ってね。椅子はあとで回収しておくから>といって、二人でいつまでもいれるようにして、場を離れました。
今日、<昨日はありがとうございました>って、お菓子を届けてくださり、受付さんに言づけて、さっと帰らましたが、どうぞ、お気遣いなく!です。
でも、自分の子育て中も、困難な場面で、優しい言葉、寄り添いが、どれほどの救いになったでしょう。
子育て中は、別に、しつけがわるいとか、親の手抜き、とかじゃなくても、本当に、困難な場面はあります。
<大丈夫?>ではなく、<なにか、お手伝いしましょうか?><ここにちょっと座りませんか?>と、相手がお願いしやすい状況を提案してあげたり、泣き叫ぶ子供に対しての、周囲への気遣いで小さくなってしまっている親御さんに<よく、あることよ、みんな経験していることよ>と、優しくお声をかけるだけでも、どれだけ救われることか。
人生、本当に、<苦労の数だけ優しくなれる>は、本当だな、と、思います。相手の状況が、手にとるようにわかるので、もう、たまらない気持ちになって、相手に無意識でも、手を差し延べてしまいますものね。
おもいやり、素直にだすことで、救われる人がいます。