親が自分を信じてくれる。親は絶対に味方でいてくれる。
自己肯定感を育てること
自己承認欲求に振り回されない人生を歩むため
には、本当に、これが、大事だと思うんです。
先日、長男に、
<< 周りは僕たちの学歴を<もっと、がんばれたんじゃないの?>と思うのが普通と思う。でも、お母さんは、本当に喜んでくれて、これでいいと本当に思ってくれて、<本当にいい学校にいけてよかったね、お母さん、幸せそうなあんたたちをみれて、本当にうれしくて幸せな親だわ。本当に、よかった。安心した。>と、心から言ってくれる。それが、すごくうれしい。だから、僕らは、自信をもって、幸せな毎日を、将来にむかって頑張れる。>>
と、言われて、ちゃんと、私の思いが伝わっていて、よかった、と、しみじみ思いました。
それは、親として、常に、君たちの幸せを願っているということ。
ただ、それだけなのです。
君たちが、幸せで、輝く毎日を過ごしてくれているなら、世間の人の目や話、学校名なんか、どうでもいい。
充実した未来のために苦しんでいるのなら、できるだけのことをしてあげたい。親として、何ができるのか、常に、考えてあげたい。親が生きている間に、もがいて、独り立ちしてほしい。その思いが、形になろうとしている今、こんな幸せなことってありません。
思えば、私の母の口癖は、<あんたは、がんばればできる子なのに、なぜ、がんばらないの!>
いやー、この言葉の圧に、つぶされた日々もありました。小学生のころなんか、<もう、私に期待しないで>と、布団の中で泣きました。が、思えば、この前半、<あんたはやればできる子>(☜母は、本気で、そう思ってますから)この部分が、自分の根幹にある気がします。やればできる子、だから、この困難も、きっと乗り越えれるはず!と、困難にぶつかるたび、自分で自己暗示をかけてる気がします。
でも、子供は敏感です。育てるために、口先だけで言っても、誉め言葉は、活きてきません。親の本気の思いが詰まってないと!
本当に、子育てほど、むなしく、しんどく、そして、喜びにあふれたものはありませんね。
なんという苦行でしょう。なんとか、子供たちが育ったいまだからこそ、最後の言葉が言えるようになりました。
人の意見なんか、参考になるようで、参考になりません。十人十色。自分たち親子のベストとは!!もがくなかでみえてくる光に向かって、二人三脚です。

