教育虐待、親が異様なほどに子供に成績優秀であること、学歴などを求めること。
と、私は認識していますが
ネットで調べると
教育虐待とは、子どもの心や身体が耐えられる限度を超えて教育を強制すること
だそうです。
私の息子が、<お母さんのやってきたことは、教育虐待だ>っていうんですけど、おそらく、半ば本気だと思います。
ふむー、せやねぇー、その割には、あんたの学歴、大層なことになってませんがな。
しかも、それだけ、何かにつけ、親のしてきたことに、感謝の言葉すらなく、むしろ、不満をぶつけまくって、ディスリまくれる環境が、虐待ねー。
単なる、感謝をしらない、あほボンボン発言ちゃいますの?と、こちらは、思ってしまいます。
私は、自分の親の子育て、自分の子育てを振り返ってみて思うのですが
子を思って与える教育・助言
と
教育虐待
の差は
子供が落ちこぼれた時に、どちらなのかが、明らかになると思っています。
おちこぼれて、どうにもならない、親の望むようにはなれないとわかったときに、
即座に、親が方向転換して、<今の子供に可能な進路、そこに向かうための手段>を提供できる、考えることができる。
これは、ただの、子供のことを思いすぎてる過保護な親です。
どこまでいっても、おちこぼれて、どうにもならない、親の望むようにはなれないことになっているのにそれを理解できない
そして、いつまでも親のこだわりを強要して子供をどん底まで叩き落す
これは、教育虐待です。
うちの子供2人は、二人とも、本当に、成績がどうにもならなくて、どうにもならなくて、大学に入るまで、本当に、親子で苦しみ続けましたが、おそらく、私は、その時、その時の子供をみて最善の策を打ち出してきて、今だと思っています。
だから、私は、単なる、過保護な親で(苦笑)、だから、ここまで一生懸命やってきた親に、親のやってきたことを大っぴらに批判できて、でも、内心は(もうちょっと頑張らないとあかんかったな)と反省している普通の子供をもっていて、そんな親子です。
教育熱心な親御さんは、時折、これって、教育虐待では、と、迷うことがあるでしょう。
それ、普通です、きっと。そして、その、迷えることが、過度な教育熱とならず、おそらく、虐待とはなりません。
迷わずに突っ走ることが、危ない、と、思います。
迷っている親御さんは、ただの子供を思う、よい親です。
ちなみに、私のやってきたことを、教育虐待だ、という息子が、時折、<と、いいつつ、僕も子供に同じことやると思うわ~>と言っています。何気に、私のやってきたことを、肯定してくれています。(笑)。

