加療をする、しない?を、真剣に考える時

 

私が、研修医時代は、抗がん剤の適応、手術の適応は年齢で決まれられていて、何歳以上なら適応なし、という感じだったんです。

 

えー、この人は、年齢の割に元気で、加療に耐えれそうだし、加療後にまだまだ人生を謳歌して頂けそうなのに・・・と思うこともありました。

 

一方、今は、そういった年齢制限はなくなり、ほぼ、寿命も尽きかねている患者さんに、そんな高額医療、しかも、治療効果を実感して頂けそうにない、ほぼ、延命治療をする必要があるんですか?という方にも、医師たちの研鑽、実績などの観点も含めて、実施されることが多いです。

 

何をもって、この方に、どんな治療が必要か判断していくのか・・・。それは、医師が判断すべきなのか、本人が判断すべきなのか、家族が判断すべきなのか。

 

以前、上司だった先生が、おばあさまが体調が悪くなり、もう、経口摂取がむつかしくなった時に、

 

生物として口から物が摂れなくなるということは、それは、死期がきたということ。

回復の見込みがあればよいが、回復の見込みがない現状で、単に輸液、胃ろうでの経管栄養で、ただ、命を延ばすことは、よしとしない。

 

と、おっしゃって、自然経過で、おばあさんが死を迎える、という方向をとられました。

 

確かになぁーと、思いつつ

 

どこをもって、<生物としての終わり>と、判断するのか。先ほども書きましたが、誰が、その判断をするのか。

 

息子たちにも、お母さんがこういう状態になったら、もう、自然経過に任せほしい、と、話しておかないとな、と、思いました。

 

医師が、この人には、この治療を提案して、この人には提案しない、を、考えるのは、どこか、間違っている気がするので、やはり、患者さん側に、その治療をのぞむのか、のぞまないかの、判断をゆだねるしかないように思います。