親の愛はすごい

人から言わせると、笑われると思いますが

 

私は、困難なことがきても、必ず、乗り越えられるんです。

 

というか、あの困難が乗り越えれなかった、という、挫折を味わったことがないんです。

 

それは、ずっと、母の愛に、支えられているからなんです。

 

いつ、なんどきも、母の娘であることの誇りがわたしを支え、決してへこたれられない、どんなことがあっても乗り越えなければ、どうにかせねばと、絶対にやってみせると、自分を鼓舞できるからです。

 

ただ、わたしでも、母の写真の前で、号泣することはあります。

つらい、苦しい、もう乗り越えられない、どうしたらよいのかわからない、もう、今度こそだめだ。

 

すると、なぜか、すぐそのあとに、嘘やん?というほどの、それを乗り越えれるできごとが起こるんです。

これは、びっくりするほど、毎回です。

いわゆる、好転するためのきっかけが!そして、それをきっかけに、事態が、一気に好転していくんです。

 

いつも、うわぁー、お母さんきたぁー、と、思います。

これで、もう、大丈夫でしょ?この先は、頑張れるでしょ? という母の声が聞こえた気がします。

 

母は、非常に厳しい人で、ぐちぐち弱音を吐くことなんか、決して許してくれなくて、常に努力と前向けに進むことを要求する人でした。

 

 

本当にがっくりきている、しょんぼりしょげかえっていると、本当に優しく励ましてくれて、なんとか好転できないかあらゆる手段を講じて助けてくれる人でした。

あと、病気の時、子供がしんどそうにしているのがみてられなかったのでしょうね。子供が病気になったときの母なんか、もう、めちゃくちゃ優しかったです。それが、私が、患者さんに寄り添う原点です。

 

さて、先ほどの話の戻りますが

 

事が好転するのは、先生が講じた手段の結果ですよ、たまたまでしょ、時期的なものでしょう。

 

人からみたらそう思うかもしれませんが、努力しても、時期がきても、うまくいかないことなんかいくらでもあります。

そして、どん底からのリカバリーって本当にむつかしいんですよ。きっかけをつかむのが。

 

ちなみに、私は、スピリチュアルなものとか、宗教とかには、あまり興味がありません。

夫に言わせると、意外と、信心深いらしいですが。

 

みなさんにも、心の絶対的な支え、ありますか?

それは、情熱でもいい、愛でもいい、なんでもいい。

底をみたときの一条の光です。

 

この、お母さんきたわ、は、兄弟間では、<お母さんやるなぁー、お母さんきたかー>と、笑い話になります。

わたし、3兄弟(兄と弟がいる)なんですが、母は、<娘命!>なんで、わたしのところにしか、こないようです。

わたし、兄弟はいますが、母の一人娘なんです!ふふふ。