💓アメリカの事件を想う💓

アメリカの黒人が、警察官に首を膝で抑えられた事件。

 

抗議活動が、暴徒化し、大統領が、軍の出動まで匂わせて強硬な姿勢をみせているが、先ほどみたニュースでは、警察官たちが、抗議活動に参加しているという。

 

ヘルメット・警棒をはずして、共に、鎮魂と抗議に参加しているとのこと。

 

抗議活動の本質をついた行動と思う。

 

なぜ、抗議が起こったのか。それは、抗議が起こった怒りを理解してほしい、という思いであることを、忘れてはいけない。理解を示さず、対話せず、力を力で抑え込もうとしても、それは、その後に、火種をますます残すだけだ。

 

先日、息子と話をしていて、息子は、いいたい放題、<お母さんは間違っている>と自分の考えを主張してくる。それを聞いたうえで、反論して、結局は、親として息子をねじ伏せるのだけれども、それは、論破され、息子も納得したうえのことで、話が終わったあとは、お互いに、清々しい。

息子も、なかなか、頭のいいこで、<なるほど>と思うところも、いっぱいついてくる。ので、こちらも、しっかりと聞かなくては、息子を導くことはできないので、息子も、しっかりと自分の意見を聞いてもらったと思っている。

 

それは、私の親もそうであった。結局、論破され、<お母さんには、わからない。世代が違う!>とか、負け惜しみを吐きながらも、まぁ、親のいうことももっともか、と、納得していた気がするし、親を論破しなくていい自分がやりたいことを自分でできる力がほしい、とも、思った。それが、勉強の励みになった気がする。

 

相手を受け入れる、次の手を考えるのは、そこからだ。常に、人は、敵ではない。